政策・規制

アンホステッドウォレットを使った取引のトラベルルールについて、VASPはどのようにすればコンプライアンスを確保できるのか?

FinCEN(米国金融犯罪取締ネットワーク)によって、初めて暗号資産にトラベルルールが適用されたのは2019年ですが、それに続くように、FATF(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会)もまた独自の関連規制勧告を発表し、アンホステッドウォレット(セルフホステッドウォレットまたはノンカストディアルウォレットとも呼ばれる)は、トラベルルールのより厳しい監視下に置かれる主要な対象の1つとなりました。 

2021年10月、FATFは、Updated Guidance for a Risk-Based Approach to Virtual Assets and Virtual Asset Service Providers(暗号資産及び暗号資産交換業者に対するリスクベース・アプローチに関するガイダンス改訂版)を公表しました。この改訂版ガイダンスは、FATFが2019年に公表した当初のガイダンスを拡張したもので、個人間のP2P(ピアツーピア)取引、つまり、VASP(暗号資産交換業者)や規制対象業者を介さない暗号資産取引を対象とした勧告が含まれており、そのほとんどが、2つのアンホステッドウォレット間で行われる暗号資産取引となっています。FATFでは、この基準がアンホステッドウォレット間の取引には適用されないとしていますが、作業部会はこのような取引が明らかにマネーロンダリングやテロ資金供与(ML/TF)のリスクを誘引すると考えており、各国はこれらのリスクを理解し、軽減するよう努めるべきであるとしています。さらにFATFは、特定の状況下では、アンホステッドウォレットを使った取引がトラベルルールの対象となることを明確にしています。

VASPは管轄区域間の要件の違いにより、その対応において多くの課題に直面しています。例えば、EU英国、およびジブラルタルでは、VASPはクライアントからアンホステッドウォレットの情報を収集する必要があります。シンガポールドイツでは、VASPはアンホステッドウォレットの所有者のアイデンティティを確認する必要があります。リヒテンシュタインでは、VASPはより厳格なデューデリジェンスを実施する必要がありますが、スイスでは、所有権の証明に加えアイデンティティの確認が必要になります。

暗号資産コミュニティの参加者の多くが、これらの要件対応に懸念を表明しており、「既にブロックチェーンはパブリックネットワークであるため、アンホステッドウォレットの背後にある個人情報を共有すると、クライアントの取引履歴が完全に明らかになり、トラベルルールが従来の金融機関から収集する情報量をはるかに上回ってしまう」と述べています。

しかしそれでも、VASP はソリューションを統合し、FATF の勧告に準拠できるプロセスを開発する必要があります。本ブログでは、アンホステッドウォレットとやり取りをする際のVASPに対する FATFの期待と、VASPのリスク分析の一助となる、アンホステッドウォレットの主要な利用傾向について説明します。

VASPが規制対象外のエンティティ(アンホステッドウォレット等)と取引する際に求められることとは?

1.暗号資産をアンホステッドウォレットに送金する場合、またはアンホステッドウォレットで受け取る場合には、他に情報を取得できるVASPが存在しないため、VASPの顧客から資産の元の所有者および受益者に関する情報を取得すること。 (¶ 295)

アンホステッドウォレットと取引する場合には、他に情報を取得できるVASPが存在しないため、VASPは取引を行う双方の情報を収集する必要があります。この勧告は1,000米ドルまたは1,000ユーロを超える取引に限定して適用されますが、各管轄区域によって施行方法が異なる場合があることに注意が必要です。

VASPがこの要件に対応する際には、ユーザーのエクスペリエンスを損なうことなく、必要な全てのトラベルルール情報(氏名、口座番号またはウォレットアドレス、アドレスまたはID、生年月日、出生地等)を収集する必要があります。Chainalysis KYTなどのブロックチェーン分析ソリューションを利用することで、VASPはトラベルルールの対象となる取引を自動的に特定し、手間をかけずにデータを収集することができます。また、Notabeneなどのソリューションと組み合わせることで、ユーザーフレンドリーな方法で必要なデータの収集が可能になると共に、管轄区域に基づいた要件としきい値の適用対象取引を自動的に特定できるようになります。

2.AML/CTF対策の実施(取引のモニタリング、制裁対象のスクリーニング)。(¶ 295および296)

トラベルルールのガイダンスは、しきい値を超える取引に対して適用されますが、そのしきい値自体も管轄区域によって異なります。しかし同時に、VASPには顧客の取引がトラベルルールの要件に該当するか否かに関わらず、KYC (Know Your Customer) あるいは顧客デューデリジェンス (customer due diligence) の実施と、取引をモニタリングする仕組みの実装が求められます。Notabeneなどのツールを利用することにより、コンプライアンスチームは、効率的にアンホステッドウォレットの所有者に関するデータを収集、および検証できるようになります。

VASPは、トラベルルールソリューションと自動取引モニタリングツールを連携させることで、どの取引がトラベルルールのしきい値の対象となるかを即座に特定できるようになります。さらにコンプライアンスチームは、潜在的にリスクの高い活動に紐づく取引を自動的に検知し、継続的なモニタリングにより新しい規制情報に照らし合わせて、過去の取引にリスクが生じた場合でも必要な措置を講じることが可能となります。

適切なソリューションを導入することで、コンプライアンスチームは変化し続ける業界に対しても、より効率的に適応できるようになります。もしソリューションが多くの誤った判定を下せば、アナリストは重要度の低いアラートの対応に時間を費やしてしまうだけでなく、間違ったデータによって誤った結論を導いてしまう可能性さえあります。

3.アンホステッドウォレットと取引する場合には、追加のリスク緩和措置を講じること。(¶ 297)

FATFのガイダンスでは、アンホステッドウォレットとの取引は潜在的にリスクが高いと考えられており、該当取引に対して追加措置を講じるようVASPに求めています。この追加措置として、制約やコントロールの追加実施から、アンホステッドウォレットとの取引の完全な回避に至るまで、多岐にわたる選択肢が示されています。FATFはVASPに対して、独自のリスク分析手法を確立し、アンホステッドウォレットと取引を行う上でのリスクレベルを判断するために行動パターンを観測し、ローカルや地域的なリスクの評価を実施し、さらに規制当局や法執行機関などが公開する情報や公報を確認するよう勧告しています。

これらの追加勧告はあくまでもオプションという扱いですが、業界で継続的に採用されていくかどうか、懸念されるところです。アンホステッドウォレットは、個人や取引所が安全に資金を移動したり、長期的な投資目的に使用するなど合法的な目的に利用されるケースがほとんどであり、暗号資産エコシステムで重要な役割を果たしています。

ブロックチェーン分析ツールは、リスクの評価を行い、リスク軽減に向けた決断を規制当局に示すために、VASPに対してアンホステッドウォレットに関する適切なデータを提供することができます。

データの視点から見たアンホステッドウォレット

2020年12月、アンホステッドウォレットおよび特定の海外司法権との取引に関する米国財務省の72ページに及ぶNPRM(規則制定案告示)が発表されたタイミングで、Chainalysisはアンホステッドウォレットを含む暗号資産取引に関するデータの分析を行いました。

これらのデータは、アンホステッドウォレットに保持されている資金の大部分が、投資目的、あるいは個人や組織が規制対象の取引所間で資金を移動させるために、VASPから送金されたものであることを示しています。

2021年のデータについても、2020年の分析結果から大きな変化は見られませんでした。アンホステッドウォレットの利用については、3つの傾向が見られます。

1.アンホステッドウォレットに送金されたビットコインの資金の大部分はVASPから移動

2021年第3四半期において、特定のアンホステッドウォレットから別のアンホステッドウォレットに移動したビットコインの約83%が暗号資産取引所からのもので、違法なサービスからのビットコインはわずか2%に過ぎませんでした。これは、ほとんどの事案について、法執行機関が規制対象の暗号資産取引所と協力し、アンホステッドウォレットに関連する違法行為を捜査し、司法手続きを経てKYC情報を取得できることを意味しています。

2.VASP以外に送金されるビットコインのほとんどが、最終的にVASPへ送金されている

アンホステッドウォレットの入出金の多くは、VASPから入金されるか、またはVASPへ送金されています。不正目的で暗号資産を利用している場合、犯罪者は最終的に違法資金を現金化する必要があります。これは、最終的に暗号資産取引所を利用することを意味します(Chainalysisのデータからこのような行動を確認することができます)。暗号資産取引所に規制をかける国にいる限り、この利用件数は増え続け、取引所はKYC情報を収集することになります。金融犯罪捜査においては、このような情報へのアクセスが不可欠です。

2021年第3四半期に取引所サービスへ送金されなかった資金の割合は、2020年第2四半期の29%から18%に減少しました。一方で、取引所に送金された資金の割合は、62%から71%に増加しています。これは暗号資産の保有者が、今年経験した暗号資産の上げ相場の中である程度の利益を確保するために、アンホステッドウォレットに保有する資金を取引所へ送金したことによるものと考えることができます。

3.投資目的であることを強く示唆する、アンホステッドウォレット間での活発な取引活動

取引所からの資金がアンホステッドウォレットに入金された後、特定の月にビットコインが別のアンホステッドウォレットへ移される割合は極めて低くなっています。ビットコインのほとんどは、長期間にわたり元のウォレットに保存されたままになっています。VASPからアンホステッドウォレットへ移された資金は、平均月に1度しか移動しておらず、これはその主な用途が投資目的であることを示していると考えられます。

Chainalysisの大規模なブロックチェーンデータセットは、暗号資産エコシステムにおけるアンホステッドウォレット役割に関する重要なインサイトを提供します。規制当局が求める要件の主な目的が、違法な取引の削減やマネーロンダリングの回避にあるとするならば、アンホステッドウォレットをターゲットにすることは筋違いと言わざるを得ません。

Chainalysisのブロックチェーン分析データから明らかになるのは、アンホステッドウォレットには本質的なリスクは存在せず、また、法執行機関による暗号資産不正利用の捜査を妨げるものではないということです。ブロックチェーン分析は、リスク分析機能やコンプライアンスプログラムに情報を提供することで、コンプライアンスチームが責任を持って効果的にリスクを軽減できるようにします。

次に取るべき対応とは?

既に規制当局によって、トラベルルールのガイドラインが発表されており、VASPはそれに従ってコンプライアンスプログラムを構築する必要があります。私達は、このプロセスが非常に大きな作業負荷を伴うことを理解しています。しかし、幸いなことに、VASPがこのプロセスを促進する上で利用可能なソリューションは数多く存在し、暗号資産業界と従来の金融システムの融合が進むにつれ、さらに多くのソリューションが登場してくるものと思われます。

ChainalysisおよびNotabeneは、VASPがトラベルルールの要件を完全に満たし、アンホステッドウォレットに対する独自のリスク評価を実現しながら、同時に時間と経費を節減できる統合ソリューションを構築しました。

両社の機能を連携することによって、様々なコンプライアンス要件に対応しながら、技術的および運用の統合プロセスをシンプル化することが可能となります。取引相手のウォレットの識別ツールVASPデューデリジェンスディレクトリセキュリティが確保されたダッシュボードを提供するNotabeneの包括的なトラベルルールソリューションによって、金融機関はユーザーエクスペリエンスを損なうことなく、取引相手のリスクを管理できるようになります。さらにChainalysisとの連携によって、VASPは取引相手のウォレットタイプを即座に特定し、リスクの高い取引活動に対して自動的にアラートを受けたり、継続的なモニタリングを実施するなど、全ての対応を1箇所から実施できるようになります。

適切なパートナーを選択することで、コンプライアンスチームの時間やリソースを節約し、規制当局による検査や罰金さえも防ぐことが可能となります。

詳細については、ChainalysisまたはNotabeneの担当チームまでお問い合わせください。